令和6年度 平田晃久氏講演会「人間の波打ちぎわ」

2024年10月4日、建築家の平田晃久さんをお招きし、講演会を開催しました。講演では、東京練馬区美術館で行われた展覧会「人間の波打ちぎわ」に基づいて、平田さんの建築理念を「からまりしろ」「ひびき」「ひびきのひびき」の3つのアプローチから解説していただきました。

講演のタイトル「人間の波打ちぎわ」は、ミシェル・フーコーに由来し、人間が人間でなくなる境界を示しています。平田さんは、蝶々が花と花の間を飛ぶ感覚に人間も近づけるのではないかと考え、人間を動物として再定義し、波打ちぎわにどうやって出ていくのかを探求し、建築を創造しています。今回の講演会は、どのようにして波打ち際に踏み出すことができるのかを深く考えさせられる内容でした。

人間の波打ちぎわ

-からまりしろ-                                 

蝶々が花と花の間を飛ぶための余地に名前を付けるなら、「からまるよち」と呼べるでしょう。この概念から平田さんの建築用語「からまりしろ」が生まれました。からまりしろを建築に表現する際には、「ひだ」や「線」が重要な要素として登場します。限られた体積の中で最大限の表面積を求める際に生まれるひだの原理を、限られた敷地の中で人のための表面積を最大化するために応用し、線から生成される幾何学もまた、からまりしろの一部になると考えられています。フライヤー写真のTree-ness Houseからは、ひだが内部に入り込んだり外に張り出したりすることで、人のための空間を創出しつつ、コンクリートブロックの重なりから偶然生まれた隙間に外部からの何かがからまり込むような印象を受けます。

-ひびき-                                     

市民の方々とのスタディを重ねた太田市美術館・図書館は、多様な場面を取り入れた驚くべき建築と評されています。平田さんは、「今の公共建築に求められているのは、多くのからまりしろを純粋に幾何学や建築的な形式論で創造するのではなく、もっと野性的な人々の生の言葉にさらされることで何かが開かれていくものだと感じている」とお話しされました。

市民からの多様な意見やAIなど、自分たちが考えてきたこととは異なる情報が入ってくることで、制約を受ける一方、その制約が逆に自由を生むこともあるといいます。また、その仕組みを建築にフラグメントとして設けることで、将来的に行われる活動や展示の可能性が、単純に考えているよりも大きく広がるのではないかと考えられています。

-ひびきのひびき-                                 

建築とは、今ではない「いつか」、ここではない「どこか」、私ではない「誰か」といった異なる時空からやってくるものが必ず介在するものであり、これらの要素が響き合うことを「ひびきのひびき」と呼びます。制作段階や建築そのものにおいて、ひびきのひびきをどのように取り入れるかを考えることには、深い意味があり、非常に興味深いと感じました。

講演が終わり、質疑応答の時間では、建築をするうえでの核となるものは何かという質問がありました。平田さんは今日まで建築への興味を持ち続けている理由として、建築が完成した後のことに触れました。公共建築では、建物が実際に利用されるようになってから、予想もしないような集まり方や想像外の出来事が起こることが興味深いとお話しされました。自分たちが知らないものがどのように流れ込んでくるのかは非常に重要であり、からまりしろまでは建築で創造できるものの、その後に絡んでくるものはデザインできず、そこにこそ魅力があるとおっしゃいました。制作段階では把握できない未来のことに目を向けることの面白さを、平田さんは私たちに教えてくださいました。

おわりに

建築の概念について、根本から完成までお話しいただき、大変有意義な時間を過ごすことができました。講演会場は満席で、予備室にも多くの方がいらっしゃいました。建築を学ぶ身にとって、建築の概念を直接聴くことができたのは貴重な経験であり、身になる内容でした。

お忙しい中お越しいただき、貴重なお話をしてくださった平田晃久さんに心より感謝申し上げます。また、このような機会を実現するためにご協力いただいた島根県建築士会、日本建築家協会中国支部島根地域会の皆様にも、深く感謝いたします。ありがとうございました。 3年石松彩音